冒険 & カヌーAdventure & Canoe
10 「西湖」の横断に成功
夏休みも終わりに近づいた8月の下旬、生徒4名、保護者1名、教職員7名、計12名が車4台に分乗して
富士山麓の「西湖」の湖畔のキャンプ場へ向かった。部活動の指導などで忙しく、カヌー作りには参加出来なかった教職員たちも
同行してくれた。車に積んで運んだのは今回作ったベニヤ製のカヌーのほかに、私の折りたたみ式のカヤックと
島崎さん所有のカナディアンカヌー、計3艇である。万が一の事故に備えて、一日傷害保険へも加入するとともに
全員分のライフジャケットも準備した。今回目指したのは、本校の教員の親戚が経営している大きなキャンプ場だった。
シーズンが終わったので自由に使って良いという大変ありがたい申し出であった。
西湖に到着すると、すぐに宿泊用のテント3棟を組み立てた。そして生徒たちがみなで協力しあってカレーを作った。
学校では見られない頼もしい姿だった。昼食が終わるとさっそく湖にカヌーを運んだ。だが波打ち際にまで降りてみると、
折悪しく午後の湖の波は荒い。キャンプ場の管理人の奥さんが「今日は風が強く波が高いから、ウィンドサーフィンにはいいが、
カヌーはひっくり返るからやめといた方がいいですよ。」と言う。
ためしに私が自分のカヤックで岸辺の近くの水面を乗り回してみたが、強い波にもまれて岸辺に乗り上げた拍子に、
骨組みのパイプが折れてしまった。しかたなく私は「この波では横断は無理だ。今日は岸辺で遊ぶだけにして、
湖の横断は明日に延ばそう。」と皆に言った。
ところがしばらく岸辺近くの湖面で遊んでいるうちに、無鉄砲にも3年生の2人組が自分たちの作ったカヌーで
荒波の中を勢いよく飛び出していった。対岸までは1キロメートル以上はある。
私は「なあにすぐに転覆するかあきらめるかしてUターンするだろう。」と眺めていたが、
カヌーはみるみるうちに遠ざかっていった。「生徒たちはどうやら本気らしい。」と気づいた私は、
もう1艇のカナディアンカヌーに飛び乗ると2人の後を追った。「なかなかいいファイトしてるじゃないか。」と思いながら。
だが向かい風なので私の船はなかなか前進しない。力を込めてパドルをこぎ、15分くらいかかってやっと2人に追いついた。
手作りのパドルは扱いにくいのか、前後に並んだ2人は大きな声をかけ合いながら、右、左とじぐざぐに進んでいた。
「がんばれ、あと半分だ。」と声をかけながら私は伴走した。
湖の対角にあるキャンプ場の岸辺を見ると、車で先回りした教員たちの姿が小さく見えた。
ようやくあと100メートルほどになったとき、「さあ、どっちが先にゴールするか競争だ。」と声をかけておいてから私は
ダッシュをかけた。ゴール地点では、仲間や大人たちが手を振っている。漕ぎ手の掛け声がいっそう大きくなった。
そして拍手に包まれながら彼らはゴールした。2人はまぶしそうな笑顔を見せた。
その夜は、生徒たちは、楽しく花火などで過ごし、テントで島崎さんとふざけあって遊んだ。
彼らは通常の学校生活では味わえない大きな思い出を作ることが出来たに違いない。
こうして、1年目のカヌープロジェクトは終わった。費用、労力、責任という3つの大きなハードルは、
校長の覚悟ひとつで簡単に超えることができるのだということを実感した取り組みであった。